「給与交渉していいのか」「通るのか」「何を言えばいいのか」
深夜に検索しているあなたが本当に欲しいのは、建前のないリアルな答えのはずです。
結論を先に言います。
IT業界・SaaS系では給与交渉の余地はあります。
ただし経験者と未経験者ではゲームのルールが根本的に違います。
1,000人以上の転職支援をしてきた立場から、大手メディアが絶対に書けない採用側の本音をそのまま話します。
そもそも採用担当はオファー額をどうやって決めているか
給与を決めるのは人事じゃない。決裁フローの実態
最初に、多くの求職者が持っている最大の誤解を壊します。
「採用担当者(人事)が給与を決めている」——これは間違いです。
人事は給与決定の起案者であり、最終決裁権は配属先の部門長と経営陣にあります。
実際の流れはこうです。
人事は面接での評価をもとに、自社の給与テーブル・社内の等級制度・既存社員の給与バランスを照らし合わせ、「この候補者にはこの金額が妥当」という稟議書を作ります。
その稟議は部門長の承認、財務部門の確認、経営陣の決裁という複数の関門を通過して初めて「オファー額」として確定します。
つまり、求職者が人事に給与の引き上げを要求するということは、人事に「すでに通過した稟議を白紙に戻し、部門長・財務・経営陣を全員もう一度説得してほしい」とお願いしていることと同義です。これが何を意味するかは、後のH2③で詳しく説明します。
給与の決定権は、あなたと話している採用担当者には最初からありません。

あのオファー額は「吹っかけ」ではない。最初から最大限の数字
「どうせ交渉のために低めに出しているはずだ」と考える求職者がいます。
これも現代の採用市場では当てはまらないケースがほとんどです。
今の採用市場は完全な売り手市場です。企業側が最も恐れているのは「優秀な候補者に他社へ逃げられること」です。そのためオファー額は、採用担当者が稟議の段階で部門長やCFOと交渉し、すでに社内の上限ギリギリまで引き上げた数字であることが多い。
言い換えると、オファー面談であなたに提示された金額は、採用担当者がすでにあなたのために一度戦っている結果です。それを「低すぎる」と突き返すことが、採用側にどう見えるかは想像できると思います。
オファー額には、あなたが見えていない社内調整の労力が含まれています。
採用担当が「どう決めているか」がわかれば、次は「なぜ交渉が通らないか」の構造が見えてきます。
給与交渉が通らない本当の理由【採用側の構造から説明します】
経験者と未経験者では、そもそもゲームのルールが違う
給与交渉の通りやすさは、「経験者」か「未経験者」かで根本的に異なります。
同じ交渉をしても、評価される理由がまったく違うからです。
経験者の採用は「過去の実績を買う行為」です。前職での売上実績、マネジメント規模、持ち込めるクライアントネットワーク——入社直後から生み出す利益が予測しやすい。だから、その予測利益に基づいた交渉は論理として成立します。
未経験者の採用は「ポテンシャルへの投資」です。
どれほど前職で優秀だったとしても、新しい職種・業界で同じパフォーマンスが出る保証はありません。採用側からすると「教育コストがかかる・戦力化しないリスクがある」ハイリスクな投資です。だから給与は「リスクを織り込んだ固定の初期テーブル」に当てはめざるを得ない。
前職の年収や実績を根拠にした交渉は、未経験転職においては評価の軸がそもそもズレています。
書類選考でも同じ構造があります。採用担当者が書類を見る際の本音については、こちらに詳しく書きました。
→ 【採用担当者の本音】書類選考は「落とす理由」を探す5秒の作業
給与テーブルの壁。「上げたくても上げられない」の内部事情
近代的な組織構造を持つ企業には、職務要件に紐づく等級(グレード)と、各等級に対応する給与レンジが厳密に設計されています。
面接の評価で「グレード3(年収500〜600万円)」と判定された候補者が「前職の年収が650万円だったので合わせてほしい」と要求した場合、採用担当者が「じゃあ50万円上乗せします」と決めることは物理的に不可能です。
650万円を支給するには、候補者の評価そのものを「グレード4」に引き上げる必要がある。しかし面接で確認したスキルがグレード4の要件を満たしていなければ、社内の制度整合性の観点から「どれほど採用したくても物理的に不可能」な状態になります。
これは意地悪で断っているのではありません。コンプライアンスと制度運用の問題です。
「上げたくても上げられない」は、採用担当者の言い訳ではなく組織の構造的な事実です。
既存社員とのバランスという、採用担当が一番言いにくい話
給与交渉を断る際、採用担当者が求職者に絶対に言わない「本当の理由」があります。
それが内部衡平性——既存社員との給与バランスの維持です。
例えば、入社5年のエース社員が年収580万円で働いている部署に、実績が未証明の中途採用者を交渉の結果600万円で迎え入れたとします。これが社内に知れた瞬間、エース社員のモチベーションが下がり、最悪の場合は退職します。
採用担当者と部門長は給与を決める際、常に「この金額を既存社員に知られても説明できるか」という重い責任を背負っています。この防衛線がある以上、安易な引き上げは組織全体へのリスクになるため、強く拒絶されます。
「社内の規定により上限に達しております」という無機質な断り文句の裏には、この「言えない本音」が隠れています。
交渉が通らない構造がわかったところで、次は「採用担当が交渉を受けた後、社内で何をしているか」を見てください。
採用担当が「交渉された後」に社内でやっていること
部門長への稟議はこうなっている
「希望年収に届かないなら辞退するそうです」
エージェントからこの連絡が来た瞬間、真っ先にやることは給与テーブルの上限と残予算の確認です。
その後、現場の部門長に駆け込みます。ここで始まる議論は「彼にその金額の価値があるか」ではありません。「この金額を通すために、彼の採用要件を『メンバースタート』から『即戦力マネージャー候補』に書き換え、決定権者を説得するストーリーが作れるか」という社内政治の作戦会議です。
交渉が通る裏側では、採用担当者と部門長が「共犯関係」になって動いています。採用要件を書き換え、グレードを一段引き上げ、新しいストーリーで稟議を再提出する。この多大な調整コストを採用担当者と部門長が一緒に負う覚悟を決めたときだけ、交渉は通ります。
交渉が通る裏側では、採用担当者が部門長と一緒に決定権者を説得するための「書き換えストーリー」を作っています。それだけの労力を引き出せているかどうかが、交渉の成否を決めます。
「断る理由」を社内でどう説明するか
部門長との協議の結果、受容不可と判断された場合、採用担当者が次に行うのは「候補者のプライドを傷つけず、かつ内定辞退を防ぐための断り文句の設計」です。
「既存社員とのバランス」「あなたの評価ではここまで」という生々しい理由は絶対に言えません。だから「社内の給与等級制度の厳格な規定により、ご経験に照らし合わせた最大限の評価となっております」という、反論が難しく将来への期待を持たせるロジックが練り上げられ、求職者に返ってきます。
あの丁寧な断り文句の裏では、採用担当者と部門長の間でこういった作業が行われています。
「社内規定により」という言葉は、交渉の終了宣言です。
それ以上の働きかけは逆効果になります。
社内の構造がわかれば、エージェントを使った交渉の「本当の限界」も見えてきます。
エージェント経由の給与交渉の実力【裏側から見た話】
エージェントが本気で交渉できる企業・できない企業の違い
「給与交渉はエージェントに任せれば安心」——これは半分正解で、半分は建前です。
エージェントの交渉力は、そのエージェントが過去にその企業へどれだけ貢献してきたかという「政治的資本」によって決まります。年間を通じて質の高い人材を継続的に紹介している大手・特化型エージェントからの強い要請なら、企業側も「このエージェントがそこまで推すなら」と部門長への説得材料になり得ます。また「このエージェントの機嫌を損ねると今後の紹介が止まる」という力学も働きます。
一方、過去の紹介実績がほぼないエージェントや、大量送客だけしている関係値の薄いエージェントからの交渉には、企業側は極めてドライに対応します。「社内規定の通りですので、承諾いただけない場合はご縁がなかったということで」と一蹴されます。
あなたを担当しているエージェントが、応募先企業に対してどの程度のパイプを持っているか——これを把握せずに「エージェントに頼んだから大丈夫」と思うのは危険です。
手数料構造を理解した上での正しい使い方
エージェントのビジネスモデルの本音を話します。
成功報酬は決定年収の約30〜35%。年収が上がれば報酬も上がるため、エージェントは「候補者の年収を上げたい」味方に見えます。しかしそれ以上に強いインセンティブが存在します。「確実に内定を承諾させ、入社を達成すること」です。
交渉を長引かせて企業が難色を示し、内定が取り消されたり候補者が辞退したりすれば、エージェントの売上はゼロになります。15万円の年収増を狙って交渉を進め、その結果ディールが壊れれば150万円の売上が丸ごと消えます。
だからエージェントの本音は「年収は上げたいが、それでディールが壊れるリスクは絶対に避けたい」です。あなたに他に有力な内定がなく、交渉が強気すぎると判断した瞬間、エージェントは交渉の代理人から「企業側に立って候補者を説得する役」へと反転します。「この条件でも十分良いですよ。ここで決断しましょう」という言葉は、エージェントが自分の売上を守るために言っている可能性があります。
エージェントは「あなたの年収を守る味方」ではなく、「ディールを成立させるプロ」です。利害が一致するときだけ頼りになります。

それでも、ある条件を満たすと交渉の余地が生まれます。未経験転職における唯一の例外を説明します。
それでも交渉の余地が残る1つの条件
未経験転職で給与交渉が成立するケースは、構造的にほぼ存在しません。特にSaaSのCS(カスタマーサクセス)やITセールスへの転職では、前職の高年収を根拠にした交渉はほぼ例外なく失敗します。
なぜか。ITセールスやCSの給与テーブルは「独力でどれだけのARR(年間経常収益)を積み上げられるか」という業績貢献の再現性に基づいて設計されています。
前職でどれほど優秀でも、SaaSプロダクトの特性理解・The Model型の分業プロセス・Salesforce等のツール運用——これらの「経験」がなければ、入社初日から即戦力として機能することは不可能です。
だから採用側は未経験者を必ずジュニア(L1)グレード(年収400〜550万円)に配置せざるを得ない。この上限を超えた金額を提示するにはグレードを引き上げる必要があり、実績ゼロの段階ではそれは不可能です。
ただし、一つだけ例外があります。
「候補者が持つドメイン知識が、対象企業の事業フェーズにおいて喉から手が出るほど欲しいピースと完全に合致した場合」です。
例えば建設業界向けのバーティカルSaaSを展開する企業のCSに応募したとして、その候補者が大手ゼネコンでの現場監督経験と建設業界の商習慣への深い理解を持っていたとします。
採用担当者と部門長は「CSのスキルは入社後に教えればいい。
しかしこの業界知識と顧客と同じ言語で話せる専門性は社内の誰にもない」と判断します。
この瞬間、候補者は「未経験のCS要員」から「特定業界の課題を解決できるスペシャリスト」に再定義されます。
つまり未経験転職での交渉で勝てる条件は「対象職種のスキル(何ができるか)」ではなく、「対象業界のドメイン知識(何を知っているか)」をテコにすることです。
「未経験OK」の求人が本当に未経験者を歓迎しているかどうかの見極め方は、こちらで詳しく説明しています。
→ 【未経験OK】の本当の意味|採用担当が教えない2つの使われ方
未経験転職で交渉が通る唯一の条件は「自分のドメイン知識が、その企業の今の課題に直撃すること」です。
エージェントの限界がわかったところで、最後に採用担当者がいちばん言いにくい本音を話します。
採用担当が正直に言う「交渉してきた候補者」への本音
評価を暴落させる交渉・評価を上げる交渉
採用担当者は「給与交渉をしてきた」という事実だけで候補者をマイナス評価するわけではありません。問題はその中身と態度です。
評価を暴落させる交渉のパターン
転職支援の現場で見聞きしたケースで、最も採用担当者が嫌悪感を示したのは「エージェントから、もうちょっと上がらないか交渉してみろと言われたので…」と、主体性なく数万円のアップを打診してきたケースです。
「たかが数万円のために社内稟議を再調整するこちらの労力」を微塵も想像できておらず、ビジネスパーソンとしての思考力の低さに愕然としました。交渉の中身が問題なのではなく、「エージェントに言われたから」という他責の姿勢が採用担当者の評価を一気に下げます。
こういった打診の後に条件を飲んで入社に至ったとしても、採用担当者の脳内には「自分の意思ではなくエージェントに言われて動く人物」というレッテルが貼られたままです。入社初日から信頼の土台が薄い状態でのスタートになります。
評価を上げる交渉のパターン
逆に、転職支援の現場で「採用担当者に歓迎された」と後から確認できた交渉がありました。「基本給のアップが等級的に難しいなら、入社支度金(サインオンボーナス)として〇〇万円を出す形であれば社内規定もクリアできると思うのですが、いかがでしょうか?」と候補者から逆提案してきたケースです。
採用担当者からの反応を後から確認したところ、この一言で評価が跳ね上がったとのことでした。給与テーブルの構造・基本給と一時金の違い・社内規定のクリア方法を理解した上で、採用担当者が動きやすい代替案を自ら設計して持ってきている。人事の裏側を理解したその知性に、むしろプロとしての評価が一段上がりました。
サインオンボーナスは企業側にとっても合理的な解決策です。基本給の引き上げは翌年以降も続く固定費の増加になり、退職金や賞与の算定基礎にも跳ね返るため財務部門の承認ハードルが高い。しかし一時金ならこの問題がクリアできます。採用担当者も「この代替案なら社内を動かせる」と判断し、積極的に動きます。
「採用担当者が社内で使える武器を渡せているか」が評価を分ける唯一の基準です。給与構造を理解した上での代替案の提示が、交渉で唯一評価を上げる方法です。

まとめ
転職の給与交渉 で通る人と通らない人の差は「交渉の上手さ」ではなく「採用側の構造を理解しているか」です。オファー額はすでに最大値に近く、給与テーブルと既存社員バランスという二重の壁があります。エージェントも万能ではありません。それでも交渉の余地を作る唯一の条件は、自分のドメイン知識が企業の課題に直撃するか、採用担当者が社内で動けるための代替案を自ら提示できるかです。
今日やることは1つです。自分のドメイン知識が応募先の課題に直撃するかを確認してください。直撃するなら交渉する。直撃しないなら交渉しない。それだけです。採用側の裏側を理解した交渉だけが、評価を上げながら通ります。


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